share 記事をシェアする

【宿で働く人インタビュー】 過渡期にある宿泊業界でさまざまな改革を実現 熱海温泉 古屋旅館 社長 内田宗一郎さん

2025.09.18

働き方、待遇などさまざまな面で変わりつつある宿泊業界。その現状と実践している取り組みについて、熱海屈指の老舗旅館「古屋旅館」の社長、内田宗一郎さんにお聞きしました。

深刻な労働力不足に陥っている宿泊業界。現状を打開するカギは?

古屋旅館は1806年創業、熱海温泉(静岡県)で200年以上続く老舗。今回お話を伺った内田宗一郎さんはその7代目社長です。

内田社長は大学卒業後、銀行に就職し営業職を経験したのち、2003年に実家である古屋旅館に戻り、父である先代社長のもと、旅館の仕事を学びながら地域の活動にも積極的に取り組みました。2015年に社長就任後は、これまでの伝統を受け継ぎながら、同時にさまざまな改革に着手してこられました。

なかでも注目すべきなのが、労働力不足が叫ばれる宿泊業界において、働きやすく働き甲斐のある職場作り。例えば、寮の整備、選べる休日制度、予約データ入力作業のアウトソーシング化、クラウド型のビジネスチャットツールや動画マニュアルの導入、社員とその家族の割引宿泊・招待制度を作るといったことも実現。また、採用サイトを作成し、普段からSNSを使った情報発信にも力を入れているそうです。

その改革の甲斐もあり、採用の応募者は増加。また離職率の低減にも成功しています。

「宿に興味を持って、たくさんの方に採用に応募してもらうことはもちろん大切です。でも実際に働いてもらうようになって、そこから簡単に辞めたいと思われない環境を作っていくことも同じくらいに大切。どちらかだけではダメなんです。それを両輪でやることが難しい。時間もお金もかかりますから、でもそれを実行していかないと今の宿泊業界の労働力不足は解消できないと思うんです」

嫌厭される1番の理由。宿泊業界の仕事の「大変さ」の正体とは?

さまざまな取り組みで、働きやすい環境を実現してきた内田社長ですが、現在の宿泊業界の労働力不足の原因については、どのように考えているのでしょうか?

「やっぱり仕事だから大変なことはあります。その大変な部分を軽減しつつ、どれだけやりがいを感じられる職場にできるか、それが重要だと思っています。その仕事における『大変さ』を因数分解してみたとき、大きな割合を占めている要素が『清掃』『片付け』『洗い』。古屋旅館でもほんの3年前まで、部屋担当の仲居に掃除までやってもらっていました。でも、その作業を専門の方が同じクオリティでやっていただけて、その分、担当者が集中力だったり笑顔だったり、そういったリソースをお客様に向けられるのだったら、その方がよいのではないかと思ったんです。それでお掃除を外注するようにしたんですが、スタッフにはとても好評です」

同じような事例をほかの旅館を訪問した際にも耳にしたのだそうです。

「ある大きな旅館さんでは、バイキングのトレーを廃止したそうなんです。実はこれを洗うのがとても大変で、油汚れもありますし、1枚1枚も結構重い。いつも複数人でやって1時間くらいかかっていたそうです。そのトレーの代わりに大きな丸い皿を導入して、どこからでも取れるように積んで置くように変更した。すると、片付けの時間が3分の1くらいに短縮できて、バイキングの行列もなくなったんだそうです。ちょっとしたアイディアで、スタッフの『洗い』の手間が軽減できて、プラスでお客様の負担も減らすことができた。外注とは少し違ったアプローチですが、目指したところは同じなんですよね」

ただこういった変更には「経費」がかかるのも事実。そのためにはやはり資金力が重要になってくると内田社長。

「資金確保のためには宿泊費を値上げせざるを得ない。値上げしてもお客様に選んでいただくためには付加価値のある施設やサービスを提供することが必要。すべてがこう1本に繋がっているんですね。例えば露天風呂付き客室への改装だったり、ワークスペースやラウンジの新設だったり、そういったことを積み重ねていって、その効果で資金に余裕ができたときに、そこで外注なり、新しいシステムの導入が可能になる。そういうことの繰り返しで少しずつ改善していくことが必要なのかなと思います」

変わりつつある労働時間と待遇。近い将来、宿泊業界でも新卒初任給が30万円に!?

宿泊業界が求職者から嫌厭されるもう1つの大きな要因に、労働時間や給与などの待遇面があります。実際、宿泊業界の仕事に対して「労働時間が長い」「休みが少ない」「給与が安い」というイメージを持っている人は多いのではないでしょうか。

「スタッフの労働時間短縮のために効率化を図ろうとすると、どうしてもトレードオフで、別の面がマイナスになることが多いんです。それがお客様に関わることになる場合が多いので、お客様第一で考えると決断しにくいんですよね。それでもやらないといけないところに来ているんじゃないかなと思うんです」

そう語る内田社長が昨年実行したのが夕食時間の一本化。これまではお客様に選んでいただいていた時間を18時からに統一することで、調理場の労働時間を短縮。以前よりも1時間ほど早く帰宅できるようになったといいます。

「食事時間を選びたいお客様に迷惑をかけることになるので難しい決断でしたが、やってみると特にそれに対してご意見をいただくということもなく、そういうことならば…と受け入れていただいています。実はこういう風に、宿側が過剰にやりすぎているだけで、変えたら変えたでお客様がそれで良しとしてくださることはほかにもたくさんあるんじゃないかと思うんです。とある旅館では、客室にお茶菓子を置くのを辞めたそうなのですが、特に問題なく定着したそうです。これだけのことでもスタッフの準備にかけていた時間は大きく削減できます。こういった決断を経営者ができるかどうか、それが今後の宿泊業界の待遇改善のために重要になってくると思います」

さらに給与面に関しても、さらなる改善が必要だと内田社長。

「やっぱり給与も大事です。どんなにやりがいがあっても給与面に不満があると、長く働き続けてはもらえませんから。今年から当館では新卒採用者の初任給を28万円にしました。さらに、チップ収入や口コミで5点を取ることで得られるインセンティブ制度も設けています。宿泊業界でも遠からず新卒初任給が30万円の時代がくるし、そうしていかないといけないと思います」

人材確保のためには積極的な情報発信も重要

職場環境や条件面を整えるのと同時に、人材確保のために重要なのが情報発信です。

「当館でも採用サイトを作ってその充実を図っていますが、採用が上手くできている施設はさらにそういったことがしっかりできているなと思います。例えば将来的なキャリアプランをしっかりイメージできるように、さまざまなポジションの人のインタビューが掲載されています。宿のホームページは当たり前になりましたが、実は採用サイトを持っていない宿がまだまだあるんです。あっても情報がすごく少ないところも多い。求職者がどんな情報を求めているのか、どんな行動をするのかを想像して行動していくことが大事なことかなと思います」

採用サイトの充実とあわせて内田社長が力を入れているのがSNSの運用だと言います。

「外部の力を借りながらなんですけど、頑張って定期的に情報発信するようにしています。それはお客様に対しての情報であるのはもちろん、求職者向けでもあると思うんです。この発信によって少しでも宿の雰囲気を感じてもらえればと思っています」

宿泊業界に必要な人材とは? 求職者がミスマッチを防ぐためのポイント

このように古屋旅館の雰囲気や仕事などについて積極的に情報発信したことで、応募者が増えたのはもちろん、ミスマッチを防ぐことにも繋がっているようです。

「当館で採用の際に重視しているのは、素直さ。楽しいことを楽しいと言える、問題点はしっかり指摘したり提案したりできる。そんな素直な心を持った人。接客の仕事ですし、お客様の前にまずスタッフと関わる仕事でもあるので、そこでまっとうなコミュニケーションが取れること。そういうことを大事に採用活動をしています。ただ、求める人材は業態によって似て非なるところがあって、古屋旅館で求められている人材がほかでは求められていないということも。やはり宿にはカラーがあるので、そこを見極めること、また求職者がそれを見極められるように情報を発信すること。そうすることが、宿と求職者の両者にとって幸せなことなのかなと思います」

ミスマッチを防ぐために求職者側ができるポイントも。

「採用サイトが充実していればそれをしっかり読み込むことが1番。ただサイトがなかったり、情報が足りなかったりする場合は、ご自身で実際に1度足を運んでみるのがいいと思います。あとは口コミやレビューを参考にすることです。どういうところに不満がでる宿なのか、逆にどんなところが褒められる宿なのか。あとは、レビューに対してきちんと返信しているかなども見るといいかもしれません。就職というのはかなり大きなターニングポイントですよね。なので、できるだけ自分の目でみて、情報を集めて、自分と合いそうか、働きたい宿なのかを考えてみるのがいいと思います」


宿泊業界でさまざまな改革を進めてきた古屋旅館の内田社長。そんな社長から大きな過渡期に差し掛かっている宿泊業界の現状についてお聞きしました。宿泊業界で働きたいと思っているなら、ぜひその現状について知りつつ、自分の働き方や働きたい施設について考えるヒントにしてみてくださいね。

RELATED ARTICLES 関連する施設